May 12, 2006

作文:学力低下より判断基準の不適切


複製 -20060507 069
大佛的天使翅膀


作文:学力低下より判断基準の不適切 2006.5.4

近頃、日本だけでなく、アジア諸国でも、児童や青少年の学力低下をめぐる非難が高まっている。この現象に応じ、各国の教育機関では対策は多く提出されているが、学力低下の拡大は止められないと言われている。しかし、学力低下という問題が確実にあるかどうか、私は疑っている。なぜなら、昔定められた学力の判断基準に従って、現在の学生の能力を評判することは適切ではないものがあると思うからだ。

先ず、学力の判断基準は前の世代の人々によって定めたものであるが、生活・競争環境が変わった現在の学生たちに使うと、学生の実力が反映できず、衝撃が出るのも当然である。例えば、最近よく批判されている若年世代の国語の混乱は、実は若年世代と前世代の言葉遣いのさ、すなわちコミュニケーションのギャップがあり、両方がうまく交流できずに起きた問題である。そのため、どちらがよいか低下かの区別より、むしろ両世代が通じ合える交流の仕方を探し、現在の社会に合う学力判断基準を作ったほうがいいのではないであろうか。

次に、私が気になっているのは「数学・理科離れ」の意見が非常に盛んでいることである。そこから、「文科軽蔑」の態度が見えるのではないだろうか。どの科目も社会社会の発展には不可欠のはずが、こういう差別視は、逆に社会の進歩の妨害になり、学界の対立を起こす恐れがある。そのため、「数学・理科離れ」を非難するより、むしろ文科が主になる理由を研究し、今の社会に対する理解を深めたほうがいいと思う。

学力低下は、時代・国を問わず起きる問題だと言える。単に若年世代を批判するのは解決策にならないので、両世代の間に良い交流の形成が必要で、学力判断基準も再検討しなければならないと思う。
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