Nov 2, 2005

作文:日本の居酒屋

20051101-3FNomikai
3F暢飲會II@Shibuya

上週的作文繳交得非常心虛,因為我太看好慶應棒球隊的潛能,滿心以為週一放假放定,甚至和班上同學幻想起延長賽途中下雨停賽,這樣連週二都有閒可偷。結果幻想太過的下場,就是現實來臨時被砸得頭破血流;慶應不但分數難看還連敗兩場,苦果之悲之慘,恐怕只有上週敗北的阪神老虎可以明白。沒假可放也就罷了,我還得提著步走高尾山階梯疲憊至極的身體,擠出一篇日文作文交差。

雖說學期過了三分之一後,生產日文作文的速度也有明顯長進,然而這些都得在有題可寫、有時間蘊釀、有腦袋思考的前提下才能成立。而不幸滿心想著放假的我,腦袋早已經提前進入冬眠狀態,只好就近取樣,拿上上星期全班共赴居酒屋狂歡的事件為題,對著電腦猛搔頭皮。

日本的連鎖居酒屋,台灣朋友多半並不陌生,就算你沒有機會親臨日本感受瘋狂氣氛,台北街頭也多得是打著「日式」、「和風」招牌專賣創意料理的小店可供體驗。兩者之間當然還是有些差別,比方說日本的連鎖居酒屋多半打著低價暢飲的招牌,台灣的日式居酒屋則比較傾向以創意料理取勝,結帳時的數字比酒精還叫人腳步不穩。於是乎,兩者的主要客層也出現差異,日本的連鎖居酒屋大抵以學生、年輕社會人士居多,愛喝酒的中年阿伯幾乎沒有,店裡的氣氛恆常處於緊湊的節奏、快步伐、喧騰吵鬧大聲笑,台灣的日式居酒屋則主攻講究精緻消費的上班族群,微醺者也許有,醉到嘔吐物狂淹廁所、傻笑著加入臨桌的精采景象大概從來不曾出現過。

說穿了,日本的連鎖居酒屋比較近似台灣早期的啤酒屋,食物美味與否並不要緊,重點是氣氛好不好、現場鬧不鬧、喝了酒後大家high不high得起來。換言之,日式居酒屋永遠處在最吵鬧的狀態,你必須要有一句話放大十倍聲量吼叫還聽不到的心理準備,要不怕菸染、不怕酒氣,不怕在廁所的轉角遇見抓兔人和滿地穢物。如果如是心理障礙你全都可以克服,而且很有幾分喝了酒胡言亂語唯恐天下不樂的潛能,日本居酒屋絕對能帶給你一生難忘的歡樂時光。

日式居酒屋和歐美盛行的Bar不一樣,它不是人手一罐小啤酒,邊喝邊談論學術志業、批判思想、人生大事的社交場,它不受任何規範限制、不聽命於誰的眼色,它甚至不關心一場筵席下來,賓主是不是都完成利益上的考量。日本居酒屋像逸走於常軌之外的仲夏夜之夢,它擁擠紛亂嘈雜,它擺脫各種教條形式的顧忌,它沒有承諾的負擔與沉重;來者在這個吵鬧的空間學習放鬆,學習大聲的笑,學習暢飲,學習喧嘩,學習向一切陌生的不敢挑戰的事件招手,這一切都會成為氣氛的催化劑,讓瀕臨瘋狂的歡樂氣氛更上一層樓。

如果日式居酒屋真的為了任何目的而存,那它必然是因應過分理智、曖昧、冷靜的日語而生的產物,因為它讓語言壓抑的心底話和情緒波動,在酒精的疏通下找到自己的出口。

啊這大概說明了,何以距離上次飲酒會不到一個月,牛津男就吵嚷著全班再去的理由(也是壓抑的英國人啊...XD)。
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   日本の居酒屋(10/24)

 先週、クラスの友達と一緒に居酒屋で楽しい時間を過ごした。そこで、皆は大きい声で話したり、飲んだりし、隣の知らない日本人の客と楽しく話した。実は、その前、ほかの友達と行ったときも同じことを経験した。そのために、日本の居酒屋は昔から私にとっては大変印象的なものである。
 昔、ほかの国へ短期留学したとき、当国のバーへ行ったこともあるが、そこの雰囲気は日本の居酒屋と全然違っていると思う。例えば、欧米のバーでは、客は隣のテーブルの人と一緒に楽しく遊ぶことが珍しい、酒に酔い、それとも相手に酔わせることを目指し、一気で飲むこともしない。しかし、先に述べたのは、日本の居酒屋で全部見られることである。
 もちろんそういう行為が嫌いな人はいるが、私にとっては、それが日本の居酒屋の暖かい雰囲気の由来の一つだと思っている。平日に、人に距離感や冷たい感じを与える日本人は、居酒屋に入ると、丁寧・曖昧な日本語が話せない言葉は、アルコールのお蔭で、言えるようになり、心の武装も解けそうである。恐らく、これは若者を中心とする居酒屋の普及の原因だけでなく、ビジネスマンや政治家を中心とする料亭文化が盛んであるのもこのためかもしれない。
 こういう点から考えれば、日本の居酒屋は単にお酒を飲む社交場だけでなく、いつも抑えている日本のの本音を話させ、聞けるところのような存在であると言える。
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